古民家改修 その5 梁出し天井 [Field of ground]
筑波山の麓で進行中の古民家改修は、着々と進んでいます。
昨年の地震で玄関部分全体が基礎の石組みの上を3センチほどずれてしまって、玄関の引き戸が動かなくなってしまい、ガラスも割れてしまいました。土壁にもひびが入り、外壁の漆喰もはがれてしまいました。








カブールファーム便り その6 豆腐 [Field of ground]
カブールでの農業祭の続きです。

たくさんの人で賑わっていますが、やはりここはアフガニスタン。治安情勢には敏感で、入り口でのセキュリティーチェックは、とても厳しく行われていました。
賑わうブースの一画にこんな展示が。

アフガニスタン大豆農家組合、収穫した大豆がたくさん展示されていました。
アフガニスタンの主食は、小麦から作ったナンのようなパンです。ときどきは長粒種のバスマティ米を羊の肉などとともに炊き込んだごはんも食べます。しかし、国全体の栄養状況は悪く、5歳児未満の死亡率は1000人当たり180人ほどで、これはアフリカの国々の平均よりも悪い数字です。自国で生産できる小麦、米は天候不順などによりその供給は不安定で、国全体の需要を満たすためには近隣の国からの輸入にたよっています。しかし、政情が不安定はこの国では、近隣からの輸入も治安情勢などにより安定的に入ってきません。
こういう状況に対応するためには農産物の多様化も有効な手段の一つです。その方法の一つとして日本は大豆の普及の手助けをしています。大豆は、小麦の代替作物として有効で、タンパク質に富み、特に子供の栄養食として期待されています。このような日本の支援もあって、アフガニスタンでは大豆を生産する農家が次第に増えています。支援では、単に大豆の生産を普及するだけではなくて、その食べ方なども支援しています。

豆腐です。アフガニスタンで作られた大豆で作られた豆腐。とても美味しいです。まだアフガニスタンでは一般的な食べ物とはなっていませんが、人気は上々で、カブール市内ではアフガニスタン人の豆腐屋さんも出始めました。

大豆のクッキー。子供が食べやすいように作られたものです。これはとっても美味しい。あんまり甘くなくて、食べ始めるとなかなかとまりません。 この写真をとりながら、このクッキー全部食べてしまいました。
カブールファーム便り その5 収穫祭 [Field of ground]
アフガニスタンは、国土の大部分が草も木もはえないような乾燥した荒涼とした山々と高山台地です。そんな過酷な国土に暮らすアフガニスタン人の約7割は、わずかばかりの緑と水のあるところで農業と牧畜を営んで生活しています。

このような厳しい環境の中で農業を営んでゆくことはけっして易しいことではありませんが、それでも人々は年に一度、収穫を持ち寄って収穫祭を行っています。この国の農業省がこのようなイベントを企画して、各地域での農業を紹介して、それぞれの土地に適した農業の振興と普及をしようというものです。

緑も水も乏しいこの国で、どうやってこんな立派な野菜を育てているのだろうと思わずにはいられないような、立派な野菜や果物が各地からやってきています。

この国の農業はほとんどが自給のための農業で、商品作物として市場に出して現金収入を得ることはなかなか困難です。そのひとつの原因は、たとえばジャガイモは9月ごろに収穫しますが、アフガニスタン全国で一斉にこの時期にジャガイモを収穫するので市場での価格はとても安くなってしまい、流通が未整備はこの国では、市場にジャガイモを持っていく手間を考えるとまったく採算があわなくなってしまいます。一方で2月ごろになると備蓄倉庫が未整備なためにジャガイモが不足して高くなります。このような市場の問題を少しでも解決して、同時に農民にも利益が回るように、日本の支援で農村にジャガイモの半地下備蓄倉庫を建設するプロジェクトがあります。

農業祭でも、この日本の支援によるプロジェクトが紹介されていました。農民は秋に収穫したジャガイモを半地下倉庫に備蓄して、冬の時期、ジャガイモが市場で品薄になる頃に、秋よりも高い値段で市場にジャガイモを供給することができます。これによって市場での需給バランスを安定化すると同時に、農民にも利益がもたらされます。このようなプロジェクトの恩恵はまだまだ限られたものですが、このような取り組みがアフガニスタン自身のイニシアティブでこれから先広がってゆくことが期待されます。
このほかにも、栄養バランスの良い日本の伝統的な食べ物を普及させて国民の栄養状態を向上させ、、同時にその原料となる作物を作ることによって農民の現金収入の道も開こうというプロジェクトも展示されていました。その内容は、次の記事で。
カブールファーム便りその4 春よ来い [Field of ground]
アフガニスタンのカブールも暖かくなって、スモモの花も満開。春の訪れを感じます。








古民家改修 その4 [Field of ground]
2月に帰国した際に棟梁と打ち合わせして以来、棟梁に任せきりの改修は、地震で痛んだ柱は新しいものに入れかわり、地震で崩れた土壁も新たな壁が入り、着々と進んでいます。


梁を出した天井裏にも断熱材を入れて新しい天井を張る作業が続いています。


この古民家改修は地震で一部が壊れたのをきっかけに始めたものですが、そもそもこのような農村の古民家に住んでみたいとおもったきっかけは、英国の田舎の美しい光景です。村には昔からの家々が、家の中は今の生活にマッチするように改修されながら大切に受け継がれて使い続けられています。田舎に限らず、ロンドン、パリなどの市街地でも古い建物が内部をリノベーションしながら大切に受け継がれ、美しい街の景観を維持しています。

このように古いものを大切に受け継いでゆく心は、我が国固有の文化や伝統を大切にする我々日本人にもありますが、こと、住宅に関してはとちょと違うようです。戦後の日本の住宅事情を経済統計でみると、日本の住宅の平均寿命は30年ほどです。欧米の個人住宅の平均寿命が70年から80年であるのに比べると半分ほどです。どうもこの理由は日本の住宅市場のあり方にあるようです。日本では、木造住宅の税制上の減価償却は30年ほどですが、この減価償却期間をすぎると住宅市場での住宅そのものの価値もゼロとなってしまうようです。すなわち、これらの住宅は30年たつとまったく経済的な価値がなくなってしまい、住宅市場では流通しなくなってしまうということです。これは、マクロ経済的にみると、年間の日本の住宅投資、約20兆円前後と言われていますが、30年後にはゼロとなってしまう。これが毎年起こるわけですから、わが国では毎年毎年20兆円ほどの投資がゼロになって消えていくということです。他方、欧米では税制上の減価償却は日本とほぼ同じ30年ほどですが、その期間を過ぎても市場での家の価値は、きちんと維持した家であれば、むしろ高くなってゆく。古い家に新たな価値がついて、財産として維持していけるわけです。これを国全体の資産としてみてみると、日本の住宅資産がとても無駄をしているように思えます。
改修中の自分の古民家がそんな価値があるとは思いませんが、この家をかつて建てた古の人たちの思いに新たな命を吹き込んで、これから先、何世代か先につながって行ければいいなと願っています。
古民家改修 その3 [Field of ground]
昨年の地震で一部が壊れたのをきっかけに始めた古民家改修。一番被害の大きかった浴室、土間の柱の入れ替えから初めて、現在は、その改修範囲は家の80%ほどに広がりました。今回の改修では、この家のもっとも日本家屋らしさを残す床の間と次の間を除いて、ほぼ全面的に手を入れることになりました。
もともと台所、居間であったところの天井を抜き、床も剥ぎました。天井を抜いてみると、この家の大きな瓦屋根を支える立派な梁が出てきました。




カブールファーム便り その3 [Field of ground]
アフガニスタンも春まっさかりです。庭のスモモの花が満開です。

アフガニスタンは、ほとんどの場所が乾燥した気候のために草木1本育たない不毛の土地です。庭の土も例外ではありません。庭の土は、この家が建てられた時に郊外の山から持ってきたものです。1年前に、農具として一本しかない鍬で野芝を剥がして土を耕してみると、コンクリートのように固い土の中からはごろごろと大小の石がたくさんでてきました。ひと夏かけて今の広さまで広げました。しかし、今年の春からは心強い味方登場。日本から小型耕耘機「クワ太郎」がやってきました。









カブールファーム便り (その2) [Field of ground]
カブールも春になり、カブールファームでもいろいろな野菜の芽が出始めました。1年前に庭の一画の野芝をはがして畑つくりを始めましたが、今のような畑になるのには一苦労。今でも、野菜が成長できる土を作るために奮闘の日々です。そんな畑つくりの裏話を記録します。
カブールは、荒涼とした山に囲まれた標高が1700メートルほどのところにあるアフガニスタンの首都です。カブールに向かう飛行機の窓から見える山にはほとんど緑がありません。荒涼とした土色の景色が続きます。



カブールの町も、緑はまばらな土の町です。


カブールファーム便り その1 [Field of ground]
古民家改修ブログは一休みして、今日はカブールファームの記録です。
1年9か月前に、それまで住んでいたケニアからアフガニスタンにやってきました。アフガニスタンは、1979年の旧ソ連のアフガニスタン侵攻以来、現在に至るまで戦争状況が続いています。現在は、旧タリバン政権の反政府勢力と現カルザイ政権を支持する米国をはじめとする国際支援軍との間で戦闘行為が続いています。なので、アフガニスタンには、一部の特殊な場合を除いては渡航自粛勧告が出ています。自分の場合は、この一部特殊な場合にあたるのでこの国にいますが、現在のこの国の治安情勢の下ではこの国への渡航は決してお勧めいたしません。
ということで、前振りが長くなりましたが、本題は、庭の一画に作っている畑の話です。日本の筑波山の麓でも、前任地のケニアでも、どこの国に行っても畑つくりをしています。ここに来てからも、半年ほど過ぎて落ち着いてから庭の一画に畑を作り、野菜を作り始めました。カブールファームと名付けました。

ここは冬の間はマイナス10度ほどの厳しい寒さが続きますが、4月になると急に春になって、今日も日中は20度ほどの気温です。一週間ほど前に蒔いたルッコラと小松菜は芽が出始めました。

鳥に食べられないようにネットをかぶせた枝豆の畑からも芽が出てきました。

ポットに蒔いたトマトときゅうりも芽が出てきて、早々と棚も作りました。


これからもっと暖かくなって、みんなすくすくと元気に育ってくれるといいんですが。

仕事の合間に畑仕事をして、畑の隅のコーヒーテーブルできれいに手入れした畑を眺めながら一休みする時は、塀の外で続く戦争をひと時忘れることができます。

梅の花も咲いて、これから本格的な畑のシーズンです。

古民家改修 その2 [Field of ground]
古民家の改修のコンセプトをまとめ、具体的な改修プランもできたものの、さて、だれに頼んだらいいものか? できることならこの家に所縁があって、これから先もこの家の維持を頼める地元の大工さんに是非やってもらいたいと思っていたところ、何とかつてこの家を建てた大工さんのひ孫の大工さんが棟梁として改修にあたってくれることになりました。 建築については全く素人の施主のああしたい、こうしたいという我がままを汲み取って、どの柱が抜けて、どこが抜けないのか、どこかの柱を抜くのであれば、どこに新たに梁をいれなければならないのか、棟梁は家の構造をひとつひとつ丁寧に確認しながら改修作業が始まりました。
まずは、一番被害の大きかった浴室部分からとりかかりました。ひびの入った土壁を全部取り除き、湿気で腐った柱をすべて取り換えるために、仮柱をたてます。


浴室部分であったところのすべての柱が入れ替わりました。ここは新たにキッチンになります。大工さんのお茶の時間です。

ここに新たにパントリーと勝手口になる部屋を付け足して、基礎と骨組みができました。

家の中から見るとこんな感じ。

ところどころに何気に登場するワンコは、我が家のデイジーです(笑)。








