珍客来訪(ケニア農夫日記、その5) [Field of ground]
ソマリアへの出張から無事戻りました。その様子は、後日、改めてご報告するとして、今朝は、我が家の畑に珍しい来訪者がありました。来訪者を紹介する前に、とりあえず、今日の畑です。

手前のマルチ畝がきゅうり、その奥のマルチ畝がじゃがいもです。じゃがいもにマルチを掛けるのは僕も初めてです。このブログを見ていただいている水郷楽人さんから「ジャガイモ君にマルチ。地温が上がりすぎて季節的にどうなんでしょう。芋が地中で茹で上がってしまわないかと心配です。同じ気候条件の日本での秋ジャガを栽培する場合は使いませんが。」とのコメントをいただきました。ごもっともですよね。ナイロビは、これから本格的に暑くなっていきます。マルチの上の温度を測ってみたら32度でした。黒マルチの中はどのくらいの温度になるんでしょうね。出張で家をあけることが多いので、これから迎える乾期の乾燥対策としてマルチ掛けしてみましたが、芽が出る前にゆでじゃがになってしまうかもしれません。もう少し様子を見てご報告します。
日本から持参したハニーバンダムの芽が出てきました。

ケニアの主要作物はメイズという白とうもろこしです。このメイズを粉に挽いたものがウガリと呼ばれ、このウガリをお湯で煮ると蒸しパンのようになり、これがケニアの主食です。かつて、先進諸国がアフリカの食料事情を改善するためにスイートコーンの種を援助したことがあります。しかし、このスイートコーンは、甘くておいしいのですが、主食としては甘すぎるために、残念ながらアフリカの主食穀物としては受け入れられませんでした。これは、援助というものが現地のニーズをきちんと踏まえないとうまくいかないひとつの例かもしれません。我が家のハニーバンダムは主食ではないので、甘くておいしいのが実るといいのですが。
今朝は、もうひとつ、大根の収穫の終わった畝に石灰と牛糞堆肥を入れて耕しました。この畝には、ケニアのトマトを作ってみようと思っています。今朝もアグリー君が手伝ってくれました。

ケニアの土は赤土で酸度が高いのですが、石灰を入れて中和するというようなことはあまり知られていないようで、アグリー君も含めてこのようなことをやり方をすると興味津々で喜んで手伝ってくれます。畝を作って作物をローテーションしたり、無農薬の堆肥を作ったり、石灰を入れたり、マルチを掛けたりと日本では普通にやっていることでも、彼らにとってはとても新鮮な知識のようです。そんなわけで、アグリー君は今や農業にすっかりのめり込んでいます。
ところで、今日の本題の珍客ですが、朝きゅうりを収穫していたら、となりのブーゲンビリアのブッシュの中にカメレオンがいました。

今日の畑(ケニア農夫日記 その4) [Field of ground]
日本から持ってきた野菜の種ではじめたケニアでの畑では、今きゅうりが旬です。ポキっと割れて、シャキっとした歯ごたえは日本のきゅうりならではです。

毎朝、起き抜けにまず庭の畑のキュウリをとって、塩をかけてシャキとかじれば、ほんのりあまいキュウリのみずみずしさで体もシャキ、今日も一日がんばろう、という気になります。
この週末、その前の週末にジャガイモを収穫したあとに石灰と堆肥を入れて耕しておいた畝に、マルチをかけて次のキュウリの苗を植えました。






ピンク色の水辺 [Field of water]
緑の水田から一転、ピンク色に縁取られたナクル湖の水辺です。
水辺がうっすらと風に吹き寄せられたサクラの花びらで埋め尽くされたようにピンク色に色づいています。

もう少し近づいて見ると

更に近づいてみると

ナイロビから車で3時間ほどのところにあるナクル国立公園内にあるナクル湖には、約400万羽のピンクフラミングゴが群棲しています。このピンクフラミンゴの大群は、なぜかみんなが同じ方向を向いて、巨大なラインダンスのように優雅にゆっくりと水辺を歩いています。とても癒される光景です。が、巨大鳥小屋のようなけっこうな臭いも。それはそうですよね。400万羽もいるんですから。
ナクル国立公園の中を車で走ると、ほかにもいろいろな動物に遭遇します。

「ちょっと、そこまで乗せていってよ。」
「お、おい。危ないから降りろよ。」
「そんなこと言わないで、私も乗せてよ。」

「じゃ、ちょっとそこまでね。」
木陰でのんびりと気持ちよさそうです。

こちらは、それぞれお食事タイムです。



ナクル国立公園の動物達は、それぞれに自然の中で野生の生活を営んでいますが、ナクル湖の水は、近年、汚染が進んでいるそうで、年とともにピンクフラミンゴの数は減少しているそうです。
ケニア農夫日記(その3 ネリカ米のお話) [Field of ground]
前回に引き続き、ケニアのおコメの話です。
前回ケニアのコシヒカリを紹介しましたが、このコシヒカリは日本からの種籾で試験的に栽培しているもので、ケニアでの普及を目指しているものではありません。ここケニアで本格的に普及に取り組んでいるおコメはネリカ米です。ネリカというのは、New Rice for Africa を略して名づけられたおコメのことです。このおコメは、旱魃や病気に強いアフリカ原産のコメと多収穫で品質の良いアジアのコメを掛け合わせて作った、いわば、アフリカとアジアの良いとこどりのハイブリットのおコメです。このコメは、水田に水を張らずに陸稲としても栽培できます。

たびたび訪れる旱魃による水不足が深刻なアフリカでは、陸稲としても水稲としても栽培可能なネリカ米は、その普及によって恒常的な食料不足を解決する救世主として期待されています。

このネリカの田んぼももう少しで収穫です。また、その時には戻って、村のみんなと一緒に稲刈りします。晴れていれば、地平線の上には、雄大なケニア山がそびえていますが、見えないのが残念。
何だか前回から田んぼの写真ばかりで、ほんとうにここがアフリカなのかわからないですよね。田んぼとか畑を見るとついついそちらに目が行ってします性分なので、ご容赦を。でも、ここは紛れもなく赤道直下のアフリカ、ケニアです。この村に来る途中には、ちゃんと赤道を横切ってきました。
この赤道表示の手前が南半球、そして裏側が北半球です。それにしても、このEQUATORというのを、日本語ではどうして赤道と訳すんでしょうね?
ケニア農夫日記(その2 ケニアに実る黄金のコシヒカリ) [Field of ground]

みごとに黄金色に実った水田が広がっています。稲刈りももうすぐです。
どこか日本の田舎の景色のようですが、ここはケニアのムエアという農村です。ケニア山の麓のこの村では、ケニア山から流れてくる川の水を使って米作りが行われています。
このケニアの米どころの友人を訪ねました。8月にもここを訪れましたが、そのときは、ケニアは大旱魃で、ここムエアでもほとんどの水田が水を引くことが出来ずに、田植えのために育てられていた苗代の稲が、植えられることなく枯れていました。週末農夫ではありますが、同じ米を作るものとして、丹精した苗が植えられることなく枯れてゆく様をみるのはつらいものでした。それでも、10月中旬からは雨が降り出して、ここの水田にも水が張れるようになりました。



アフリカの一角の小さな村で日本のコシヒカリがたわわに実っています。このコメはまだ試験的に栽培されているものですが、いずれ、アフリカにもコシヒカリが流通するようになるかもしれません。
もうひとつ、この村ではだれからも感謝されるのは、この村のコメつくりの生命線でもある水を供給するための灌漑設備が、かつて日本のODAで作られたことです。この村の人は誰もがこのことを知っていて、日本人である自分を見るとみんなが感謝してくれました。そんな感謝の気持ちなのか、夕立の後に虹がかかっていました。
この日、ケニア山からの水を集めた灌漑用水は、満々と水を湛えて田んぼの中を流れていました。

ケニア農夫日記(その一) [Field of ground]
前回のマウンテンゴリラとの邂逅報告から、あっと言う間に3ヶ月が経ってしまいました。ちょっと油断しているとあっという間に時間が飛んでしまいます。こういうことを繰り返しているうちに人生もどんどん進んでいってしまうんでしょうね。
あれやこれやとばたばたしていた3ヶ月でしたが、その間にも日本から持参した野菜の種はちゃんと芽を出し、すくすくと育っています。日本では筑波山のふもとの田舎の家に移り住み、小さな畑と田んぼで野菜と米作りをしてきた週末農夫としては、ここケニアでもやはり農夫をしたくて、庭の一角に小さな畑を作りました。

7月の末から8月にかけて、日本から持ってきたきゅうり、トマト、ナス、スナップエンドウ、ソラマメ、ブロッコリ、からし菜、春菊、京菜、、だいこん、コカブ、スイートコーン、葱、そして、ケニアの市場で買ったジャガイモを畑に蒔きました。
でも、我が家の庭の土もそうですが、ケニアの土は粘土質の赤土で、酸性度が強く、そのままではケニアの畑でよく見られるジャガイモとメイズ(白トウモロコシ)くらいしか育ちません。そうとは知らず最初に蒔いたほうれん草の種は、芽は出ますがそのあとすぐに溶けてしまいました。Phを計ってみると強い酸性で、育たないのは納得です。加えて、からからに乾いている赤土には有機質もほとんどなさそうです。そこで、メイズの種などを扱っている種苗問屋から大量の石灰とナイロビ郊外の牛農家から牛糞500キロを買ってきてかちかちに固まっている荒地のような庭の一角の畑に入れて耕しました。コンクリートのように硬い乾いた庭を鍬一本で耕すのは相当の重労働です。とても一人ではできませんが、ケニア人のアグリー君が手伝ってくれました。ちなみにアグリー君はアグリカルチャーをもじったニックネームではなくて、本当にアグリーという名前です。偶然ですが。
筑波山の麓の耕作放棄農地の開墾同様、ケニアでの農作業もこんな具合で畑作りから始まりました。そんな畑も3ヶ月たった今は、土もだんだん黒くなり、やっと初めての収穫期を迎えています。今日の収穫は、からし菜、ダイコン、そしてケニアの市場で買った10キロのジャガイモから育った新ジャガが50キロほどです。



アブラムシにやられそうになってなかなか実を結ばなかったブロッコリーもせっせと牛乳スプレーしたおかげで、やっと結実しました。

あと数週間すれば、日本の完熟トマト優宝が収穫予定です。

ケニアのイチゴももう少しで取れるようになるかもしれません。

ところで、畑の後ろにある高い石塀とその上は有刺鉄線と高圧電線があるのですが、刑務所で更正のために農作業しているわけではないので念のため。ここナイロビは治安がとても悪いので、家の周りには、このような高い塀とものものしい電線が必要です。
マウンテンゴリラの親子 [Field of ground]
前回からの続きです。
目の前に現れたマウンテンゴリラの親子は、こちらの人間グループのことはまったく意に介していない様子です。事前に、レンジャーから言われたゴリラに遭遇した場合の注意事項は、○声をださない○大きな音をたてない○突然動かない○カメラのフラッシュはたかない○5メートル以内には近づかない○絶対に触らない○水、食べ物などを持たない○ゴリラといっしょにいる時間は一時間以内○レンジャーの指示に従って集団で動く などです。 ちなみにカメラのシャッター音は大丈夫のようです。
周りを良く見回すと、目の前にいるゴリラの親子のほかにもたくさんのゴリラがあちこちで木に登ったり、寝転んだり、草を食べていたりしています。僕達人間グループが、ゴリラの群れの真っ只中に囲まれている状態です。 この後、僕達は一時間ほど、この野生のゴリラの群れのお客さんとしていっしょにすごさせてもらいました。




マウンテンゴリラに会いに [Field of ground]
皆様、お久しぶりです。気がついてみれば6月以来2ヶ月以上もご無沙汰してしまいました。また再開しますので、よろしくお願いします。ブログをお休みの期間もあちこちと出かけたりと忙しく活動はしてましたが、まずは、マウンテンゴリラに会いに行った旅をご報告します。

マウンテンゴリラは、アフリカ中部のごく限られた地域に生息していますが、今回訪れたルワンダ北部の山岳地帯もその一部です。ルワンダの首都キガリから車で3時間ほどの国立公園の山の中に分け入ったところに、7つの群れが生息しています。早朝、まだ真っ暗なころにキガリを出発し、山に向かう途中で美しい朝焼けの中、朝霧に包まれた山が見えてきました。

この国立公園に生息する7つのマウンテンゴリラの群れは、ルワンダ自然動物保護局の手厚い保護を受けていて、常時レンジャーによってモニタリングされています。これらの群れを訪れることのできる人間の数は一日あたりひとつの群れに対して8人までで、訪れる時間も一時間以内と厳しく制限されています。国立公園の管理事務所で入山の手続きをし、一グループあたり8人にグループ分けして、それぞれのグループがレンジャーに引率されて山に分け入っていきます。これらの7つの群れは、それぞれが独立して常に移動しているので、レンジャーの案内無しでは、到底会うことは出来ません。山の麓の村のジャガイモ畑の中を村の子供に見送られて出発しました。





明日への希望 ソマリア難民キャンプ(最終回) [Field of ground]
新しい命 ソマリア難民キャンプ [Field of ground]
この子達は、生まれたその時から自分のふるさとの国のない難民としての宿命を負っています。それでもこの子達は、いろいろな国のたくさんの人々の支援で元気に育っています。こうした支援の中には、直接目にすることはありませんが、我々日本からの支援も入っています。大切なことは、この子達が安心して帰れる国を一日も早く作ることです。しかし、残念ながらソマリアでは暫定連邦政府に対する国際社会の支援にもかかわらず、反政府勢力との間で依然として紛争が続き、たくさんの一般の国民が命を落としています。このような状況の中で、生活の糧を得るために海賊行為にはしる若者も後を絶ちません。こうした状況を解決するためにも、安定した政府を一日も早く樹立することが必要です。このための国際社会の努力が続いています。

















